定員割れや大会の廃止も。コロナ禍という困難な時期を経たマラソン大会の現在地
この記事は、2023年8月2日(水)の時点で書かれたものです。
2020年初め、盛り上がりを見せていたマラソン大会の熱気は、新型コロナウイルス感染症の拡大という予期しない要因により中断せざるを得ない事態となりました。その後の紆余曲折を経て、2022年の後半になる頃には再びマラソン大会を開催できるようになりましたが、コロナ禍以前のような活気を取り戻すことができずにいます。こうした現状は、どのようなことに起因しているのでしょうか。
コロナ禍のマラソン大会
2007年に初開催された大規模な都市型マラソン大会「東京マラソン」をきっかけに、日本ではマラソンブームに火が付き、それ以降には多くのマラソン大会が設立・開始され、マラソン大会の数は大きく増加をしてきました。ランネットの検索でフルマラソンの大会数の推移をみると、2007年に 39大会だったものが、最盛期の 2018年には 508件の登録がありました。
しかし日本においては、2020年初頭に始まった新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響により、特定の場所に集まり走るという特徴をもつマラソン大会の開催が敬遠されたため、ほとんどの大会が中止や延期という事態になりました。一方で、アプリを通して個人で行える「オンラインマラソン」といった形式での大会が誕生するなど、新しい形態や方法でのランニングの楽しみ方も確立されていきました。
ワクチン接種が進み、大会運営での規模の縮小や大会のガイドラインの確立など様々な工夫をしていくことで、コロナ禍でも徐々にリアルでのマラソン大会が再開され始め、2023年5月8日(月)に新型コロナウイルス感染症の位置づけが「新型インフルエンザ等感染症(いわゆる2類相当)」から「5類感染症」に変更※1になったことで、感染対策は個人や事業主の判断によるところとなり、マラソン大会もコロナ禍以前と同様の形式で開催できる環境になりました。
参加費の返金問題について
コロナ禍ではマラソン大会について、ウイルスによる感染症が流行する中で再開を試みること自体が批判の対象となるなど、度々注目を集めてきました。そうした中の一つに、マラソン大会が中止となった時の参加料が返還されないという、当時のマラソン大会では慣例となっていた大会規約が問題としてクローズアップされました。
発端となったのは新型コロナウイルス感染症が流行りだした当初の、2020年3月1日(日)に開催された「東京マラソン2020」です。同大会では市民ランナーが参加する一般の部が中止になり、エリートの部のみの開催となったことに関して、一般の部の参加者に参加料(国内参加料 16,200円)を、大会規約に通り返金をしないという対応をしました。このことがきっかけとなり、SNSなどで “参加費の返金問題” として賛否両論の意見が交わされ、テレビでも話題として取り上げられました。これは「東京マラソン」が、多くの人の関心を集めるマラソン大会であるとともに、大会の参加者には初心者からベテランまで多様なランナーが集まるため、慣例とされていた規約に疑問をもつ人がいたということが考えられます。
この「東京マラソン」の事例は、その後の返金に関する大会規約について大きく影響を与え、返金保証や返金対応をする大会も増えていくことになりました。また、ランネットのサービス「大会中止サポートパック」や保険会社で中止保障の商品の取り扱いが始まるなどの変化を生み出しました。しかし、この “参加費の返金問題” は、マラソン大会について世間に悪い印象を与えてしまったことは否めませんでした。
定員割れを起こすマラソン大会
2022年にはいると、感染対策のガイドラインを遵守しつつマラソン大会が開催されるようになってきました。この頃はコロナ禍であるため、リスクを減らす対策として、大会規模の縮小や参加者の居住地域の指定など、参加者を限定していることが多く、参加人数は限られたものでした。2023年になり「東京マラソン2023」などの大会で、コロナ禍以前と同規模での開催が行われるようになり、2023年5月8日(月)の分類変更を経て通常通りの開催が可能になりました。
各大会では参加者をコロナ禍前に戻しランナーの募集を始めましたが、かつて人気があった大会でも定員割れを起こしたり、定員に満たないため 2次募集を行うケースがしばしば見られています。また定員を満たしていても、以前より抽選倍率が下がるなど、以前のような好調さを伴う活気をまだ取り戻せていません。
大会参加に消極的なランナーへのアンケート
株式会社アールビーズでは、2022年11月1日に「ランナーアンケート結果レポート※2」を発表しています。このアンケートは、既存 RUNNET会員でコロナ感染拡大前(2019年12月まで)は大会にエントリーしていながら、感染拡大(2020年)以降エントリーしていない方、また 2022年9月以降にエントリーを再開した方に対し、2022年10月4日~11日までの 8日間アンケートを実施し、3万3,381人から回答を得て作成したものです。
回答者のうち、大会参加に最も消極的になっているランナー(2019年12月まで 3年間は毎年大会参加していたが、2020年1月以降1回もエントリーしていない)4,357人の意識に注目した回答が下記になります。なお、このアンケートの公表は 2022年11月1日のため、以降の状況の変化は考慮されていません。
- 練習ができていないから 48% 2,077人/4,357人
- コロナ感染が気になるから 46% 2,003人/4,357人
- 中止の可能性があるから 43% 1,885人/4,357人
- 中止の場合、返金されないから 28% 1,221人/4,357人
- 参加料が高いから 17% 754人/4,357人
- 来年(2023年)中にエントリーしたい 42% 1,863人
- 今年(2022年)中にはエントリーしたい 32% 1432人
- わからない 16% 635人
- マラソン大会・業界が変わればエントリーしたい 8% 336人
- もうエントリーするつもりはない 2% 91人
このアンケートについては『大会参加意欲の低下が心配される中、実際に参加を控えているランナーの 76%が、コロナ感染がまもなく収束に向かう期待とともに大会参加に意欲を感じていることがわかりました。このランナーの意識を裏切ることなく、直面する課題を解決し、さらに新たな魅力を創造していけば、マラソン大会の人気がコロナ禍以前まで回復、あるいは拡大する可能性を感じさせました。』と言及されています。考慮したい点があるとすれば、上記のアンケート回答者の RUNNET会員は、マラソン大会への参加について意欲的な人が多いということが挙げられます。
なお同アンケートでは、コロナ禍以降にマラソン大会にエントリーをしておらず、さらに “マラソン大会にもうエントリーするつもりはない(2%・91人)” というスタンスのランナーにその理由を質問(複数回答可)したところ、下記のような回答が寄せられています。
- 練習するモチベーションがないから 44%
- 大会出場に興味がなくなったから 40%
- お金がかかるから 30%
- ほかの趣味が見つかったから 26%
株式会社アールビーズが実施したアンケートの詳細については、下記のリンクのPDFをご覧ください
ランナーアンケート結果レポート - 大会参加に対するランナーの意識を探る緊急アンケート
https://runners.co.jp/topics/newsrelease/2022/10/report_20221101.pdf
マラソン大会が活気を取り戻せない理由
(理由1)新型コロナウイルスのリスク回避
2023年5月8日(月)に感染症の分類変更が行われたとはいえ、依然としてウイルス感染は続いており、感染リスク回避のため、人が集まるマラソン大会への参加を見送るという人は多くいます。こうしたグループに属する人では、マラソン大会に参加することに消極的になったり、様子見をしていることが考えられます。マラソン大会は屋外で行われ、基本的な感染対策を取っていれば、感染リスクが極力軽減できますが、完全にリスクをゼロにすることはできません。今後、このグループのランナーが大会へ戻ってくるかは、アールビーズのアンケートにあるように今後の状況次第ということになるでしょう。
新型コロナウイルスによる大会中止の可能性ついては、2023年に入り中止の判断をする大会の数は徐々に減り 8月の時点ではほぼないことから、大きなマイナス要因とは考えられなくなってきています。
新型コロナウイルス(COVID-19)の影響で中止・延期になった、2023年のマラソン大会一覧
https://hashirou.com/article/page/marathon-festival-canceled-list-due-to-covid-19-in-2023
(理由2)参加費の高騰について
参加費については「東京マラソン」の例にすると、初開催からの 7年間の 2007年~2014年が 1万円、以降800円上乗せされて 2015年~2019年が 10,800円と大きな変更はありませんでしたが、2020年に 16,200円へと大きく引き上げられました。コロナ禍にあたる 2021年大会では、参加費 16,500円に加え PCR検査費用の 6,800円も必要になり、参加するためには合計 23,300円が必要になりましたが、2023年大会では 16,500円へと戻されています。このように大規模な都市型マラソンに関しては、軒並み参加費の増加が見られますが、地方の大会ではフルマラソンでも 1万円以下の大会もあるため、一律には参加費が高いとは言えない状況です。
2022年9月にプロランナーの川内優輝選手が、定員割れについて SNSを通じて実施したアンケート(2022年9月28日実施)では、45.3%が『参加費が上がり過ぎ。』と回答をしており、ランナーは参加費についてシビアに見ていることが伺えます。
これまで人気があった大会も含めて、今年は定員割れの市民マラソンが相次いでおり、存続の危機に瀕している大会もあると聞きます。
— 川内 優輝 Yuki Kawauchi (@kawauchi2019) September 28, 2022
その一番の理由は何だと思いますか?
私のTwitterは多くの大会主催者もフォローしていますので、多くのランナーの投票をお待ちしています。
(理由3)物価の高騰
マラソン大会に参加するには、参加費を払い、現地に行く遠征のための移動費や滞在費がかかります。これらは、年々増加している傾向があります。
物価の上昇はここ数年続いており、普段の生活でも生活費の負担を強いている状況です。遠征に使う車のガソリン代の値上げやインバウンド効果による宿泊施設の価格の上昇などにより、遠征費用が増えてしまうことで、大会参加を断念することも考えられます。
(理由4)意識やライフステージの変化
約3年という長い期間のコロナ禍を通して、マラソン大会に積極的に参加していたランナーの意識やライフステージの変化が起こったことも考えられます。
笹川スポーツ財団が公表している「月2回以上のジョギング・ランニング実施率と推計人口推移(20歳以上)※3」で、ランイングの実施率をみると 2018年の 6.4%(664万人)から 2020年の 7.0%(724万人)に増加しており、コロナ禍になりランニングをする人が増えていますが、そうした増加がマラソン大会の参加には直結していないと考えられます。
コロナ禍では、小規模なランニングイベントやインフルエンサーによる練習会なども数多く行われるようになり、マラソン大会以外にもランナーが選べる選択肢が増えました。さらに、キャンプなどの大人数で集まらなくても楽しめるアクティビティが紹介され人気を集めるようになり、これまでマラソン大会に参加していたランナーが、そうしたアクティビティに趣味を移行していったとしても不思議はありません。
また、大会に参加していたランナーの中には、移転・就職・結婚など新しいライフステージへと歩みを進めた人もいます。そうしたステージの変化に合わせて、マラソン大会への参加を止めることにした人もいることでしょう。
大会廃止や継続困難の判断をするマラソン大会
コロナ禍によりマラソン大会を毎年開催するという継続性が途切れたことをきっかけに、大会のありかたを見直したり、大会の廃止や打ち切りの判断をする大会が出てきています。最近では下記の大会が、大会の廃止や継続の断念を発表しています。
- 日本平桜マラソン(静岡県)
- 海部川風流マラソン(徳島県)
- 塩嶺王城パークライン ハーフマラソン大会(長野県)
- サンスポ古河はなももマラソン大会(茨城県)
- 北オホーツク 100 kmマラソン(北海道)
- ランナーズ24時間リレーマラソンin舞洲スポーツアイランド(大阪)
- なかしべつ330°開陽台マラソン(北海道)
- 歳の鬼あし多摩川ランニング大会(東京都)
- ひろしま国際平和マラソン(広島県)
- 松島ハーフマラソン大会(宮城県)
- 前橋・渋川シティマラソン(群馬県)
- おやま思川ざくらマラソン大会(栃木県)
- サンスポ千葉マリンマラソン(千葉県)
- 北緯40度秋田内陸リゾートカップ100キロチャレンジマラソン(秋田県)※主催団体が変わり継続の可能性あり
- わかさあじさいマラソン(福井県)※継続困難
- 富士裾野高原マラソン大会(静岡県)※大会休止
マラソン大会の廃止・継続困難の理由ついては、各大会より “大会終了のお知らせ” や自治体が発表するリリースの中で告知されています。そうした告知の中で廃止や継続できない理由として挙げられているのは、“参加者の減少”、“開催費用と財源等の問題”、“警備・ボランティア等の人手不足”、“大会スタッフの高齢化”、“ニーズに合わせた事業のシフト” などです。似たような事例として、自治体などが主催する「花火大会」でも財政面の問題や人手不足により中止となる事態が起きています。また、メディアの露出が多く注目されやすい大規模な都市型マラソンに人気が集まることで、規模の小さい大会への関心が下がるといった不均衡が起こり、一部の大会の参加者減少に拍車がかかっていることも伺えます。
<参考文献>
1. 厚生労働省. “新型コロナウイルス感染症の5類感染症移行後の対応について”..
https://www.mhlw.go.jp/stf/corona5rui.html,(参照 2023-08-02). 2. 株式会社アールビーズ. “ランナーアンケート結果レポート”. 2022-11-01.
https://runners.co.jp/topics/newsrelease/2022/10/report_20221101.pdf,(参照 2023-07-31). 3. 笹川スポーツ財団. “ジョギング・ランニング人口”..
https://www.ssf.or.jp/thinktank/sports_life/data/jogging_running.html,(参照 2023-08-02).
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